「手は口ほどに物を言う」


またやっちゃった…父さんとの喧嘩。これで何度目だっけ。
きっかけは、大体ちょっとした事から始まる。今回もそうだった。
朝メシ中の雑談で、アタシの夜更かしとか、宿題の進み具合とか……
そういう事をやんわり注意されて、ついムキになっちゃって。
「うっさいな、放っといてよ」


話題を変えたかっただけなのに、まるで怒鳴るみたいな声。
気付いた時にはもう遅い。アタシの一言は、いつもの朝の空気を粉々に砕いていて。
朝メシのベーコンエッグは完璧な出来栄えだったのに、気不味い味しかしなかった。

学校からの帰り道。当然、足取りは重い。
普段はなんだかんだで楽しみながらやる夕メシの支度も、サボってしまいたくなる。
(今日は簡単なのでいっかな…サラダと味噌汁に、あとはシュウマイとかで…)
冷蔵庫の中身を思い出しつつ、いつものスーパーへとのろのろ向かう。
もういっそ、出来合い品にしようかな。包むのもめんどいし。
「……あ、そっか」
これならなんとかなるかもしれない。

夕方…というより夜に近い時間。いつもより遅い時間に、いつもより小さい音でドアが開く。
「ただいま」って言う声も囁くみたいに。気不味い思いをするのはアタシだけでいいのにさ。
「おかえり、遅かったね」
いつもの調子で返事を返す。でも、作業の手は休めない。本番はこれからなんだから。
「悪いけど、着替えたらこっち来てくんない。手伝って欲しい事があるの」

父さんとアタシ、隣り合ってテーブルに座る。
気不味さはあんまりない。だって、二人とも集中してるから。
まずはアタシの番。水で濡らした指で、皮の縁をつつー…となぞる。
もう片方の手で餡を乗せたら…そこからは父さんの番。
濡らした部分をペタリペタリと折り曲げて、形をキレイに整える。
「助かるよ、ギョウザ包むのも結構時間かかるから」
そう、本当に助かる。十個二十個ならともかく、今日はその倍は作る予定だから。
ご飯無し、ギョウザとサラダあとはスープのみなの思い切った献立。
……こういうのもたまにはアリだよね?
アタシがササッと仕込んだ皮を、父さんが慎重に仕上げていく。
ちょっとゆっくりだけど、丁寧な仕事。うん、これなら肉汁たっぷりに仕上がりそう。

お互い何も言わないけれど、父さんの気遣いがなんとなく伝わる。
つられて、アタシも手付きが丁寧になって……
ペースはちょっと遅れるけど、あんまり気にならない。
お陰で、言いたかった事をちゃんと言えるから。
「えっと、その……ありがとね、うん」
普段は照れくさいから言わないけれど、今日は伝えるって決めていた。
手伝ってくれて。支えてくれて。色々気にしてくれて。
色んな「ありがとう」の気持ちを込めて。……素直に謝れるなら、それが一番良いんだけど。

つつー……。ペタリペタリ。つつー……。ペタリペタリ。
会話が途切れて、作業の音だけが残る。
でも朝の気不味さはもう全然なくて、余所見する余裕だってある。
(あ、父さん包むのミスってる)
(あーあー……そんなに慌てちゃって)
(まぁ、水餃子にすれば大丈夫かな?)
ついつい笑い声が溢れてしまう。釣られて父さんも苦笑い。うん、きっともう大丈夫。
さあ、後は一気に焼きあげちゃおう。
後悔も失敗も全部包んで、笑顔で明日を迎えるために。